英語学習記
 
2.ドイツでのVolkshochschule英会話コース時代(96夏〜冬)



































 


@むしのいい考え 

 どういう宿命かドイツにきてしまった
 ドイツ語に対して固く心を閉ざしていた私だったが、ドイツという国と其処に住む人間には大いに興味があった。
 ある日「ドイツ語を使わずにドイツ人と何とかコミュニケーションできないものだろうか?」そういうむしのいい考えから、英会話教室に通うことに決めた。
 英会話教室にもいろいろあるらしく、とりあえず事前の相談会のようなものに行ってみることにした。
 地元小学校の校舎の中に入ると、ホールの一角にそのコーナーらしきものを発見。すでに様々な国籍と見とれる人々が、パイプ椅子に腰掛けて自分の番を待っていた。
 私の番がやってきた。
「英語がいい?ドイツ語がいい?」
「英語でお願いしますう。」
「英会話教室に通いたいんですけどお・・・」
「えっ、ここはドイツ語教室の相談コーナーよ。英語はあっちの部屋。」
 というなり、ホールぞいに入り口のある教室を、相談係さんが指さした。
「あ、どうも。」
「何で英語やるの?ドイツ語習ったら?」
「次回そうしますう。」
 そう答えながら、私にはけっして「次回」はやってこないだろうと、確信していた。
 
 英会話教室の相談コーナー。
 相談係の人数がやたら多いが、なかなか私に声をかけてくれる人がいない。
 お姉さんと目があった。
「ここは英会話教室の相談コーナーよ。」
「そうでしょ。私どうしたらいいんですかあ。」
「ちょっと待っててね。」
 おねえさんがおばさんのところへ行き、何か告げた。
 おばさんは私の方に振り返り、異常にゆっくりな英語で話しかけてきた。
「じゃ、その紙とってやってみてね。」
 相談コーナーとは、英語レベルを調べるための試験会場の別名だったことがそのときわかった。ペンも持ってなかったのに気づきお姉さんに借りる。
 私の後ろでは、金髪の青年が額に手をあてた格好でテストに挑んでいた。横を見ると体の大きなおじさんが、小さな児童机を抱き込むようにしてテスト用紙をにらんでいた。少しも問題が進まず、さっきのおばさんに質問ばかりしている人もいた。
 テスト用紙を見た。大問題で50問、細かい問題を入れると100問くらい。とにかく始めるしかない。
 おばさんとお姉さんは、あのアジア人はどうしてるかなと、時折こちらをちらりと見ながら、高度な言語であるドイツ語で何かこっそり話しているように思えた。
 問題は、基本的な文法や会話表現のチェックだった。おそらく日本の中学校3年間で習う文法を知っていれば、大半はクリアできる程度のものだった。ところが困ったことに設問はドイツ語だった。ほとんど推測の世界
「おわりましたあ。」
「あらもうすんだの。」
「はい。でも、これとこれは、問題のドイツ語の意味がわかりませんでしたあ。」
「そう、ま、いいわ。」
 おばさんは、正解をマーキングしたトラペン用紙を私の答案用紙に慎重に重ねると、得点を次々に記録していった。
「まあ。できてるじゃないの。」
 別のおばさんも近寄ってきて、私の答案用紙を覗き込んだ。幸い日本の中学生程度の文法は忘れていなかったようで、ほっとする。
「文法は問題ないわ。英会話教室で、あなたもっと流暢に話せるようになりたいのね。」
「はいそのとおり。話すのが苦手だからあ・・・」
話すのが不得意なことは、私の英語を聞けばすぐに了解できる。
ふうん。でも何でドイツ語やらないの?あっち(ホールを指さして)行ってみた?」
「さっき行きましたあ。ドイツ語はむずかしいから、まずは英語でコミュニケーション したいと思ってえ・・・。次回はドイツ語教室にいきますう。」
私は二度目の嘘をついてしまった。
 そもそも私のレベルの英語力で、真意をきちんと説明するのは本当に難しい。不可能に近い場合も多い。実際の意味するところからなるべく遠ざからないように伝えるために、内容をかみ砕き、例を挙げながら具体的に説明していく方法もある。しかし私は話しの流れから相手に理解して貰おうという他力本願が強く、日本語をそのまま英語に翻訳してしまうことが多い。つまり、誤解をもたらしながらも常に自己流の英語を話しているのだ。
「次回はドイツ語教室にいきますう。」は嘘なのだが、英語で説明すると、どうせ真意は伝わらないのだからまあこういうふうに言っておいてもいいかな。
「えっとこれとこれ。」
 おばさんは、英会話教室のリストの中から2つにバッテンをつけた。日本では印といえばたいてい○囲みだが、どうしてこっちの人はバッテンなのか知りたい。日本人は、
どうして丸が好きかを解明した方がはやいかもしれない。
 私だけかもしれないが、バッテン、特に大きなバッテンをされるのが嫌いである。何かバッテンにはマイナスのイメージがつきまとう。
 とにかくおばさんは言った。
「試しに二つ行ってみてね。最初はお金いらないから。自分にあった方を選びなさい。」


A 私はshy!?

 
まずは、Englisch-Oberstufeを試してみた。例の文法テスト結果からここへ入れられたわけだ。6人ほどの小グループレッスンで、私以外はみんなドイツ人、しかも他は皆さん既に顔見知りのように見えた。講師は何とあの相談コーナーのおばさんだった!?
 テキストを他の人は持っており(今思えば継続受講者)私は忘れ物をした子どものように恐縮しながら隣人から見せてもらった。
 あっけにとられた。日本で指名を受けると発言する形式に慣らされていた私には信じられなかったのだが、言いたい者がどんどん答えを言っていく。途中で話したいことがあると、何をやっている時であろうと自分の話にもっていく。
 私の出るまくは永遠にやってこないような気になった。
 私があんまり黙っているので、おばさん講師は二度ほど私を指名し、しゃべる機会を与えた。その度にみんなシ〜ンとなるのが異様だった。
 最後におばさん講師は言った。
「Hatsumiはshy なのね。」
shy:内気な・はにかんだ・引っ込み思案の
私の態度を彼女はこのように受け取ったらしい。今だかつてこのような形容詞をいただいたことのない私は
「口を挟む隙間がなかったから黙ってただけなのにい。」
と思ったが、とっさに英語にできなかったのが悲しい。


Bいとしのリンダ

 もう一つのコースGo on talking!には遅刻していった。教室のドアを開けると一斉に注目を浴びた。やはり全員ドイツ人。このコースには20人近くの生徒が集まっていた。その理由はそのうちにわかった。
 遅れて入ってきた私に、講師である年輩の女性がすぐに話しかけてきた。
「ようこそ。今自己紹介をしていたところよ。自分のことについて何か話してね。」
と、やさしくほほ笑みながら言うと次の番の若い女性がしゃべり始めた。
「わたしね、アメリカに2年間留学してたの。仕事に役立てたくてここへ来ました。」
なるほどすべるように速い英語。
「わたしは、むかし不動産屋に勤めてて英語つかってたんだけど、もうずいぶんになる から錆落としにきたわけ。」
化粧に隙のないおばさん。流暢。
「私21才。銀行に勤めてるの。いやなことがあって最近銀行変わったんだけど。」
すごい早口。きれめがない。
「ぼくは27才。発電所に勤めています。もっと英語がうまくなりたいと思って。」
さっきの21才の子の彼。テストの時、私の後ろに座っていた人のような気がする。きちんとした感じの聞き取りやすい英語。
 というような具合に自己紹介はすすんでいった。結局、だどたどしい英語をしゃべるのは私とグラフィックデザイナーのご夫婦だけと見た。
 あっという間に私の番がきた。みんなの視線がこっちへ集まる。
「Hatsumiといいますう。今日は遅れてすみません。実は道に迷っちゃってえ。」
ここで予想外にも笑いをとることができ、私の緊張は少しだけ和らいだ。
「日本からきて5ヶ月です。ドイツの人たちといろいろなことが話したくてこの教室に きました。よろしく。」
 年輩の講師がおしまいに自己紹介した。
「リンダ。アメリカ人です。みなさんに出会えて本当にうれしい。もう知っている顔もたくさんありますね。これからしばらく、ビデオを見たりテープを聞いたりディスカッションをしたりして、レッスンをすすめていきます。よろしくね。」
 リンダはとても温和な性格のようで、話し方も穏やかでやさしい。きっと彼女の人柄を知っている人たちが、このコースを再び選んだのだろう。20人もの生徒を集めるこのリンダに私も好感がもてた。
 教室終了後、リンダは私に話しかけてきた。
「ときどき文法の説明をドイツ語でするかもしれないけど、ごめんね。そうそうあなたのこと何てよんだらいい?」
「Hatsumiがいいですう。」
「じゃあまた来週ね、Hatsumi。」
 どちらのコースを選ぶかはすでに決まっていた。ちょっと私にはレベルが高いけど、リンダの教室の方にしようっと。♪♪


Cあ〜日本人

 リンダのレッスンは、ビデオやテープや読み物をきっかけに会話を自由に広げていくというものだった。
 リンダのレッスンによって自分の何が問題なのかが見えてきた。もしかしたら、あの日本の旧英語教育を受けた他の同世代の人にも共通するかもしれないと思い、私についての簡単な記録を書いておきたい。(英語レベルの高い人はフ〜ンと読んでみて)

<ビデオ視聴のレッスン>

 たいてい何の前置きもなく見せられる。場面設定や話題の中心を捉えるのにまず苦労する。それがわかるとたいていは理解でき、うなずきながらぼうっと画面を眺める。
 ところがその後である。見ている時点ではふんふんとわかっているようなつもりでいても、細かい質問をされると何も覚えてないのだ。というか、日本語の頭で理解していただけなので、的を得た英語がすぐには出てこない。
 そこで他のドイツ人の何人かがやっているようにメモをとりながら見ることにした。
 まずは英語でメモする方法。これは質問を受けた場合、メモした英単語や英文がそのまま引用できる。頭の中の思考はこの時おそらく英語だと思う。しかし聞いたままをメモするには限界がある。達筆すぎて?あとから自らの字を読めないという情けないことも起きる。
 次に日本語でメモする方法。私の場合、日本語に置き換えて物事をインプットしている傾向が強いので、これが本来のやり方に近い。しかし、英語を日本語に置き換えるために要する何秒かあるいは何分の一秒かの間は、当然聞く方がおろそかになっているはずだ。スピードのある会話や展開の速い話だと、細部にこだわりすぎていると肝心な言葉を聞き逃してしまうことも大いにありうる。あまりよくないやり方だという結論に至った。
 では、他のドイツ人たちはどうしているのか?ほとんどの人はメモなどしない。それなのに、質問に対して細部まできちんと的確な英語で、時には自分自身の経験や解釈まで加えて、流々と話す。
 ある時、自分が実は日本語と英語をミックス思考していることに気づく。理解は日本語でしているのだが、キーワードのみ英語でインプットしているらしいのだ。
 こういうレッスンがあった。全体を二つのグループに分け、別々に違うビデオを視聴する。イギリスの有名な喜劇俳優の演じるコントだった。視聴後、お互いの見たコントを説明しあい、相手におもしろさを伝え、いかに笑わせるかというものである。
 これは私にとって割合に楽な作業だった。というのは、最初に何を目的としてビデオを視聴するのかが知らされているので、必要な情報とそうでない情報とをより分けながら、若干の余裕をもって見ることができたからだ。この時、ストーリーを映像プラス日本語で思い出しているが、キーワードのいくつかは英語のまま映像とマッチして記憶に納まっている。ちなみにメモはとっていないが、場面の推移を忘れないためにいくつかの簡単な絵を紙に残した。

<テープによるレッスン>

 ビデオが映像による大きなヒントを与えてくれること以外は、ビデオもテープも基本的には同じだった。何の前置きもなく聞かされると、ビデオの時と同じくどんな設定での話なのかをつかむのに少々の時間を要する。
 しかし、事前に設問を書いたプリントなどを渡されるとしめたものだ。ポイントとなる部分はしっかり集中して聞く。設問と直接関係ない部分は力を抜いて聞く。
 英語を聞くとき、どこだかわからないが脳のいずれかの部分に無意識に力が入ってしまうのは私だけだろうか?英会話教室のあった日はよく眠れる。

<読み物によるレッスン>

 これまでに扱ったのは、「大きな森の小さな家」(大草原の小さな家)「キリマンジェロの雪」「昼食会」である。
 一度に10ページ分のコピーを渡される。私は最初のころ、知らない単語を辞書で引きながら日本式にびっしり予習をした。これは長年植え付けられた学習方法だった。
(そのころの私の大学では、米文学の講義でさえ、英文を日本語に翻訳するという学習方法が主流だったと思う。)
 リンダのレッスンでは、10ページのコピーはあっという間に処理される。翻訳作業はもちろんない。パラグラフごとに誰かが読み、リンダの英問に対して英語で答える。その英問は、粗筋がきっちりわかってないと答えようのないものばかりだった。
 私の予習方法は次第に変わっていった。まず辞書を引かなくなった。意味するところを日本語に置き換えた説明によって納得するという確認作業は無意味だとやっと気づいたからだ。前後関係から未知の単語もおおよその見当くらいはつく。とりあえずは細部にこだわらず一読してしまうというやり方をとった。その後、内容を忘れないためにキーワードにマーカーを入れたり、メモがわりの絵を描いたりする。これはリンダの質問に答えるための大きな手助けとなった。
 しかし驚かされたのは、教室にいるほとんどのドイツ人がさっと目を通しただけで、粗筋を把握できるということである。その場でいきなりコピーを渡されても動揺を見せない。
 ある日一人に聞いてみた。
「何もメモしなくても覚えてるものなの?」
彼女のコピーはまっさらだった。
「一度読めば、だいたいわかるわ。時々メモするんだけど。」
と言って、前回の紙切れを私の方に向けた。英語だかドイツ語だかわからない文字が記されていた。
「何これ?」
速記のようなものよ。単語をそのまま書くと長いから子音だけを書くの。」
なるほど、そういう方法があったとは・・・
「ドイツの人って、みんなそんなふうにメモするんですか?」
「電話の時とか、たまにする人もいるわ。」
何だかすごいことに思えた。いつかやってみたいが、子音を選び取って記すこと自体につまずいてメモ以前の問題になりそう。


D壁・壁・壁・壁

 こんなふうにして英会話教室に通ううちに、どんなにがんばってみてもどうにもならない壁というか限界にぶち当たってしまった。もっとしゃべれるようになりたいのに私は何でしゃべれないの?
「今日はどうしたんですか?今までで一番元気ないです。」
ウエルズ人の同僚が心配そうな顔をして話しかけてきた。(彼は日本滞在経験がありかなりパーフェクトな日本語を話す。)
「わかりますう?実は落ち込んでるの。英会話教室に通ってるんだけど私以外はみんなドイツ人で、みーんなペラペラなの。私はひとつも進歩しなくって・・・」
「ドイツ人があなたより英語ができるのは最初から決まってます。ドイツ語と英語はよく似ています。だから勉強しやすいんです。スタートから違ってるのは当然なんです。悩むことはありません。」
非常に明快な説明。
 確かに彼の言うことは正しい。所詮アルファベットの言葉どうし、英語とドイツ語は仲良しなのさ。
 妙にあきらめがついた。無理に速くしゃべろうとしなくなった。


E「落ちこぼれ」の私を

 
日本語で打ったワープロの文字を見てリンダが驚いた。
「コンピューターで日本語の文字が打てるなんて信じられない!」
私には何が信じられないのかちっともわからなかった。
「今のコンピューターでは可能だよ。」
と、その筋の仕事をしている人がすぐに言った。
 何の疑問も持たずに日本語でこうして打ってるんだが、それはすごいことなのかもしれない。日本語ワープロを作った人って偉いんだ。
 リンダは聞いてきた。
「日本人の名前って一つ一つに意味があるんだよね。あなたの名前はこの中のどれなの?」
「これです。」
みんなに指し示すと、おおというため息のような声が聞こえた。さらに名前の意味を説明すると、みんなへえ〜という顔をしている。
「じゃ、これもこれも、この名前の字にも意味があるわけ?」
興奮してさっきのコンピューターおじさんが聞いた。
「ひらがなにも意味があるの?」
元不動産勤めのおばさんも聞いた。
 私は根拠不明な優越感に浸りながら、黒板にひらがな・かたかな・漢字を並べて書くと、日本語には3種類の表記があり、ひらがなとかたかなは表音文字であることを教えた。
「漢字は古代中国から渡ってきました。新しい漢字とひらがなとかたかなは日本人が作りました。中国語の漢字を見れば何となく書いていることがわかります。」
 驚きと尊敬のまなざしを一身に浴びたいがために、そんな大それたことを言ってしまったことをここに懺悔します。m(_ _)m
 ところが、次のリンダの言葉に私は自分の愚かさを悟った。
日本語はこんなふうに英語やドイツ語と全く違った言語なのです。私も日本語を勉強したいと思うけど難しすぎてできません。だから、Hatsumiにとって英語を勉強することは、私たちが想像する以上にたいへんな苦労だと思います。
 みんなはうなずきながら静かに聞いていた。
 リンダは「落ちこぼれ」の私のことを、かばい勇気づけるために最初からこの話題に触れたに違いなかった。
 言語を学ぶとは、お互いの価値を認めあった上で交流の仕方を見いだしていくことなのかもしれない。リンダに敬意を表します。


F答えられますか?

 英会話教室では、よく日本について質問される。私が聞かれた事柄を思い出す範囲で書き留めておきたい。あなたは答えられますか?

Q1日本人の平均寿命は?
  ・ちなみにドイツ人は男72才、女78才と言っていた。

Q2日本人はなぜ長生きするの?
  ・医療の発達が大きな理由だろうが私としては食生活を第一の理由としたい。

Q3日本人そっくりのハワイ人がいるのはなぜ?
  ・最初日系人のことを言っていると気づかなくて、わからないと答えると他の人が代わりに説明
   してくれて勉強になった

Q4いなり寿司は何でできてるの?
  ・クリスマス会にもっていった不思議なきつね色の物体を見てそう聞かれた。稲荷神社の話をした   
   が、たぶんわかってもらえなかったと思う。

Q5日本人は宗教なに?
  ・無宗教というよりも、いろんな宗教を取り入れていると説明した方がよくわかってくれる。どの   
   神も信じるということの方がどの神も信じないということよりも善いことのようである。
 
 
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