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英語学習記
1.英語がしゃべれな〜い時代(97〜02初春)
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@ドイツ語からの侵略支配
ドイツ語学習記に書いたように、ドイツ語をなぜかやる気になった。ドイツ語学校に通い、そうこうするうちにM氏と結婚し、再度ドイツへやってきた。
そのうちに気づく。たま〜に英語をしゃべる機会があると、英語がしゃべれな〜いことに。英語の文法がでてこない。簡単な英単語もスルスル出てこない。ドイツ語文法下でのへんてこな英語や、ドイツ語単語入り交じりの妙な英語。意識して考えてしゃべろうとすると、これまたしゃべれなくなる。おかしな間違いをすることがコワイのだ。
私の脳は「外国語」の部屋に英語もドイツ語もごっちゃにしまってしまったようだ。
いざ取り出そうとすると混乱してしまう。
同じような経験をされた方が言うには、「英語、英語、英語・・・」と常に自分に言い聞かせてしゃべるとよいらしい。しかし、私の英語からの遠ざかりようは半端じゃなかった。私の脳は既にドイツ語から侵略支配された後だった。
Aやっぱりしゃべれな〜い
2000年の夏、カナダの義兄のところへ5日間ほど遊びにいった。ケベック州はフランス語圏だが英語も通じる。フランス語よりは当然、英語の方がましにきまってるので、行くところ行くところ英語にチャレンジ。
やっぱりドイツ語化した英語をしゃべってしまい、「へ?」という顔をされる。カナダにいるとはいえ、義兄やM氏とはドイツ語で会話してるわけだから、私の頭はそう簡単にきりかわってくれない。そのうち断念。
家ではドイツ語、外では英語なんて、私にはいつまでたっても使い分けられそうにない。うん待てよ・・・なぜ日本語とドイツ語は使い分けられるんだろう??日本語は母国語でドイツ語は外国語だからきっと別の部屋にしまわれてるんだ。ということは、同じ外国語の部屋にドイツ語と英語を混在させちゃあ使い分けられるはずがないではないか。もうひとつ別の外国語の部屋を作るか、今ある外国語の部屋をうまく整頓するかしないとだめだ。なぜか押入の収納アイデアを思い浮かべる私であった。
例えといえば、以前どなたかの講演会で外国語学習についての話を聞いたことがある。「複数の言語を学びたければヘルメットはその数だけ必要」という言葉を思い出す。私の場合でいうと、ドイツ語のヘルメットをかぶった上から英語のヘルメットをかぶろうと思っても無理。一度ドイツ語のヘルメットを脱いでから英語のヘルメットを装着しろということ。
なるほどと思わせられる。しかし英語が必要なわずかな日々は過ぎ去り、英語がしゃべれな〜いことも、小さな悩みとなって心の隅に消えていった。
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